多くの金融機関は、融資活動から生じる信用リスク・エクスポージャーを管理するためにクレジット・デリバティブを使用しています。
例えば、金融機関が貸出金又はローン・コミットメントに係る貸倒損失のリスク(信用リスク・エクスポージャー)を、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)を用いて、第三者に移転するような管理が行われています。
ただし、ローン及びローン・コミットメントは通常、純損益を通じて公正価値で会計処理されることがないため、会計上のミスマッチが生じることになります。
金融機関はその会計上のミスマッチを解消するためにヘッジ会計の適用をしたいのですが、金融商品項目の信用リスクは、ヘッジ対象の適格要件を満たすリスク要素ではないため、信用リスクをヘッジ対象としてヘッジ会計を適用することはできません。
(以下では、特に断りがない限りIFRSを前提としております)
リスクフリー金利と市場金利との間のスプレッドには、信用リスク、流動性リスク、資金調達リスク及び他の識別されていないリスク要素並びにマージン要素が織り込まれているため、スプレッドが信用リスクを含んでいると判断することは可能であるが、信用リスクのみに起因する公正価値の変動を独立して識別可能とするような形で、信用リスクを分離することはできない。このため、金融商品項目の信用リスクは、ヘッジ対象の適格要件を満たすリスク要素ではない(BC6.470)
金融商品のヘッジ対象として認められるリスク構成要素の米国基準とIFRSの差異は以下の通りです。
米国基準 | IFRS | |
---|---|---|
ヘッジ対象として認められるリスク構成要素 | ベンチマーク金利リスク、外貨リスク、信用リスク、及びこれらのリスクの組合せが認められる。 | リスク構成要素は、独立して識別可能で信頼性をもって測定できなければならない。 契約上明示されているか否かにかかわらず認められる。 また、異なるリスク構成要素を組み合わせることもできる。 インフレーション・リスクについては、契約上明示されない限り、ヘッジ対象のリスク構成要素として認められないとする、反証可能な前提がある。 特定の信用リスク・エクスポージャーについては、ヘッジ会計の代用として公正価値オプションの指定が認められる。※ |
引用元: KPMG
※「ヘッジ会計の代用として公正価値オプションの指定が認められる。」との記載がありますが、ここでいう”公正価値オプション”は”信用リスクが管理されている金融商品を、純損益を通じて公正価値で測定するという選択”のことになります。
KPMGでは”信用リスクが管理されている金融商品を、純損益を通じて公正価値で測定するという選択”を公正価値オプションの例外規定としているため、このような記載になっております。
そこで、ヘッジ会計に代わる代替的方法を用いて、この企業のリスク管理活動を適切に財務諸表で表示しようという議論が行われました。
目次
米国基準および日本基準における信用リスク・エクスポージャーに対するヘッジ
米国基準においては明示的に金融商品のヘッジ対象として認められるリスク構成要素として信用リスクを記載しております。
また、ヘッジ会計に関する開示においても、信用リスクに関する項目が設けられていることから、信用リスクをヘッジ対象とすることは認められると考えられます。
日本基準においても、「金融商品会計に関する実務指針」に以下の記載が存在することから、信用リスクをヘッジ対象として認められるリスク構成要素とすることができると考えられます。
その他有価証券の価格変動リスクのヘッジ 160.その他有価証券をヘッジ対象とするヘッジ取引の会計処理方法として、繰延ヘッジ又は時価ヘッジのいずれかを選択することができる。 繰延ヘッジでは、ヘッジ手段の損益又は評価差額を資産又は負債として繰り延べる。 時価ヘッジを採用する場合、へッジ対象たるその他有価証券の時価の変動要因のうち特定のリスク要素(金利、為替、信用等)のみをヘッジの目的としているときは、ヘッジ取引開始以後に生じた時価の変動のうち当該リスク要素の変動に係る時価の変動額を当期の損益に計上し、その他のリスク要素の変動に係る時価の変動額は資本直入とする。 他方、ヘッジ手段の損益又は評価差額は発生時に損益計算書に計上する。 その結果、ヘッジ手段から生ずる時価変動額とヘッジ対象の中のヘッジ目的とされたリスク要素から生ずる時価変動額が損益計算書上で相殺される。
ただしIFRS においては、上述したように信用リスクをヘッジ対象として認められるリスク構成要素としていないことから、信用リスクをヘッジ対象とするヘッジ会計の適用には注意を払うべきといえます。
また、IFRS と同様の会計処理に変更する場合には、一定の実務負担(切り替えの負担を含む)が発生することは間違いありません。
IFRS第9号の取り扱いに至るまでの検討
公正価値オプションの適用
ヘッジ会計の代替として公正価値オプションがありますが、そこでは、企業が当初認識時に、金融商品を当期純利益を通じて公正価値で測定するものとして指定することを認めています。
ただし、適用ができるのは、公正価値で測定することによって会計上のミスマッチが解消又は大幅に低減する場合だけになります。
また、公正価値オプションは当初認識時にしか利用できず、取消不能であり、金融商品全体(すなわち、名目金額の全額)を指定しなければなりません。
このように、公正価値オプションには多くの制約があり、大部分の金融機関のリスク管理活動を適切に表現できないことが多く、適切な代替案として利用されていません(BC6.47)。
このため、公正価値オプションは、信用エクスポージャーの会計処理方法としては採用されませんでした。
※公正価値オプションの適用には米国基準とIFRSで以下の差異があります。
内容 | 米国基準 | IFRS |
---|---|---|
公正価値オプションの選択条件 | 当初の認識で選択可能。IFRSのような条件はない。 | ■金融資産は、「会計上のミスマッチ」の認識または測定を消滅させる又はかなり減少させる場合に選択可能(IFRS9.4.1.5)。 ■金融負債は、「公正価値による管理」の場合も選択可能(IFRS9.4.2.2)。 |
公正価値オプションの適用 | IFRSのような禁止項目はない。 | 保険契約と金融商品でない保証などの禁止項目がある。 |
公正価値オプションの選択日 | 当初の認識日と特定のその後の日(825-10-25-1)。 | 当初の認識日のみ(IFRS9.4.1.5)。 |
代替的なアプローチ
これについてIASBは、公開草案に至る審議において、信用リスクをクレジット・デリバティブでヘッジする状況に対応するための3つの代替的なアプローチを検討しました。
(a)代替案1
- 当初認識時にのみ、当期純利益を通じて公正価値で測定することを選択
- 名目金額の構成要素を指定
- 当期純利益を通じて公正価値で測定する会計処理を中止
(b)代替案2
- 当初認識時またはその後に、当期純利益を通じて公正価値で測定することを選択
(事後の場合には、その時点の帳簿価額と公正価値との差額を直ちに当期純利益に認識) - 名目金額の構成要素を指定
- 当期純利益を通じて公正価値で測定する会計処理を中止
(c)代替案3
- 当初認識時またはその後に、当期純利益を通じて公正価値で測定することを選択
(事後の場合には、その時点の帳簿価額と公正価値との差額を償却又は繰延べ) - 名目金額の構成要素を指定
- 当期純利益を通じて公正価値で測定する会計処理を中止
IASBはその度重なる審議の結果として、代替案2を採用することとしました。
なお、クレジット・デリバティブの会計処理は、通常のデリバティブの会計処理と同様に、引き続き純損益を通じて公正価値で測定されます。
信用エクスポージャーを当期純利益を通じて公正価値で測定するものに指定することの適格性(第6.7.1項)
ただし、信用デリバティブが参照する資産が、ヘッジ対象となるエクスポージャーと同じ発行者であり同じ優先劣後順位にある(すなわちエクスポージャーの発行者の名義と優先順位の両方が一致する)場合にのみ、この選択は可能となります。
上記条件を求めることの意味
上記条件は、信用リスクの管理のために用いられるクレジット・デリバティブが、企業がリスクとして管理しているリスクに対応したものであることを求めるためのものです。
例えば、ヘッジ対象となっている企業の信用リスクがクレジット・デリバティブの参照企業と対応することを確保するため、名義の一致が求められています。
また、名義の一致が要求されていることから、インデックスに基づくCDSは、適格なクレジット・デリバティブとして用いることはできません(BC6.476)。
ヘッジ手段とヘッジ対象に生じる避けられないミスマッチ
公正価値ヘッジとは異なり、いったん選択すると、信用リスクに関しヘッジされる金融商品は、実際にヘッジされるリスクの変動についてのみ調整されるというのではなく、全部公正価値で測定されることになります(信用リスク部分だけを構成要素として分離して認識することができないため)。
その結果として、信用リスク以外のリスク(例えば、ヘッジ対象である金融商品に含まれる金利リスク)の影響も反映されてしまいます。
また、信用リスク・エクスポージャーをヘッジすることで企業はまた、金利リスクの一般的影響に関し金融商品の再評価をしなければならず、それにより純損益のボラティリティが生じることになります。
会計処理(第6.7.2項から第6.7.4項)
ここでは、(A)当初認識時及びそれ以降の会計処理、ならびに、(B)この会計処理の中止の条件及び中止の会計処理に関する規定について解説します。
(A)当初認識時及びそれ以降の会計処理
金融商品をヘッジ対象(すなわち、当初認識後に当期純利益を通じて公正価値で測定するもの)として指定した場合、または、金融商品(例えば、ローン・コミットメント)がそれまで認識されていなかった場合には、指定日においては、同日の帳簿価額と公正価値の差額を、直ちに当期純利益で認識しなければなりません。
また、その他の包括利益を通じて公正価値で測定される金融商品の場合、ヘッジ対象として指定される以前にその他の包括利益で認識されてきた累積的損益は、直ちに当期純利益に組替調整としてリサイクリングされなければなりません(第6.7.2項)。
(B)この会計処理の中止の条件及び中止の会計処理
次の両方に該当する場合には、ヘッジ対象(すなわち、信用リスクを生じる金融商品または当該金融商品の比例的部分)を当期純利益を通じて公正価値で測定することを、中止しなければなりません(第6.7.3項)。
- 第6.7.1項の適格要件がもはや満たされていない。
(例えば、クレジット・デリバティブ又は信用リスクを生じる関連する金融商品が、消滅、売却、終了または決済となる場合や当該金融商品の信用リスクを、もはやクレジット・デリバティブを用いて管理していない場合が該当) - 信用リスクを生じる金融商品には、このような指定がなければ、当期純利益を通じて公正価値で測定する会計処理(FVTPL評価)が要求されていない。
(すなわち、企業の事業モデルに、第4.4.1項に従って分類変更が要求されるような変化が途中で生じていない)
上記2の条件は、ヘッジ対象として指定されない場合には、ヘッジ対象である金融資産は、減価償却又はその他の包括利益を通じて公正価値で測定することが求められる事業モデルの元で保有されているものでなければならないことを、認識の中止の条件の一つとして求めているということになります。
ヘッジ中止時点で、ローンの公正価値がみなし償却原価になり、それを基に新たな実効金利が計算されます。
ローン・コミットメント又は金融保証契約の公正価値は、IAS第37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」により残存未償却残高よりも大きい金額で計上することにならない限り、当該金融商品の残存期間にわたって償却されることになります。
IFRS第9号の公正価値オプションとの比較
クレジット・デリバティブにより、信用リスクが管理されている金融商品を、純損益を通じて公正価値で測定するという選択には、公正価値オプションと比較して、以下のようなメリットがあります。
内容 |
米国基準 | IFRS |
|
---|---|---|---|
公正価値オプション | 公正価値オプション | 信用リスクが管理されている金融商品を純損益を通じて公正価値で測定するという選択 | |
選択条件 | 条件はない | 金融資産は、「会計上のミスマッチ」の認識または測定を消滅させる又はかなり減少させる場合に選択可能(IFRS9.4.1.5)。 | 条件はない |
適用範囲 | 金融商品全体(すなわち、名目金額の全額)を指定。 | 金融商品全体(すなわち、名目金額の全額)を指定 | 選択は(金融商品全体のみではなく)金融商品の比例割合部分についても可能 |
選択日 | 当初の認識日と特定のその後の日(825-10-25-1)。 | 当初の認識日のみ(IFRS9.4.1.5)。 | 当初認識日およびその後 |
中止 | 中止することができない(取消不能の選択) | 中止することができない(取消不能の選択) | 中止することができる |
したがって公正価値ヘッジの会計処理とは同じではないですが、新しい会計処理方法は、信用リスク・エクスポージャーをヘッジするためにCDSを用いている企業の懸念に幾分対処したものになっているといえます。
会計基準間の矛盾
IFRS第9号のヘッジ会計では、信用リスク要素を切り出して計測することが実務上不可能であるため、信用リスクについてはヘッジ会計が適用できないとされています。
しかし、IFRS第9号「金融商品」では、金融負債に関しては自己の信用リスクを純利益ではなく、その他の包括利益で認識することとされています。
信用リスクを切り出して計測することに関して、両者の取り扱いは矛盾しているといえるでしょう。
ただし、CDSやトータル・リターン・スワップ(TRS)などにおいては、信用リスク(を含んだリスク全体)は計測可能であるとしております。