財務諸表上の資産・負債残高の相殺表示に関する日本基準、IFRS、米国基準それぞれの原則的考え方を紹介します。

なお、上記3基準のすべてが一般原則として総額主義の立場をとっています。

これは、総額表示をすることで、純額表示にしてしまうと埋もれてしまう情報を表示できるといったメリットがあげられるためです。

各基準の相殺表示に関する考え方は異なりますので、その根本にある考え方を理解して、適切な相殺表示の判断ができるようにしましょう。

1.日本基準

日本基準では、資産・負債、収益・費用ともに総額表示を原則としています。

企業会計原則
第二 損益計算書原則
一 損益計算書の本質
B 総額主義の原則
費用及び収益は、総額によって記載することを原則とし、費用の項目と収益の項目とを直接相殺することによってその全部又は一部を損益計算書から除去してはならない。
第三 貸借対照表原則
一 貸借対照表の本質
B 総額主義の原則
資産、負債及び資本は、総額によって記載することを原則とし、資産の項目と負債又は資本の項目とを相殺することによって、その全部又は一部を貸借対照表から除去してはならない。

なお、金融資産・負債については、日本公認会計士協会会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」では次のように規定しています。

相殺表示
140.金融資産と金融負債は貸借対照表において総額で表示することを原則とするが、以下の全ての要件を満たす場合には相殺して表示できる。
同一の相手先に対する金銭債権と金銭債務であること。
②相殺が法的に有効で、企業が相殺する能力を有すること。
③企業が相殺して決済する意思を有すること。
ただし、同一相手先とのデリバティブ取引の時価評価による金融資産と金融負債については、法的に有効なマスターネッティング契約(一つの契約について債務不履行等の一括清算事由が生じた場合に、契約の対象となる全ての取引について、単一通貨の純額で決済することとする契約)を有する場合には、その適用範囲で相殺可能とする。
相殺表示に関する方針は、毎期継続して適用する。
相殺表示
312.金融資産と金融負債は総額で貸借対照表に表示することが原則であるが、同一相手先と多数の取引があり、契約ごとの金銭債権と金銭債務を総額で表示すると、いたずらに総資産及び総負債が大きく表示されることとなる場合があるため、本報告に示した3要件を全て満たした場合に、相殺表示を認めることとした。
相殺が法的に有効で、会社が相殺する能力を有することとは、当事者の債務不履行等がない場合であっても、金銭債権との相殺によって、企業の有する金銭債務の全部又は一部を決済することが法律上問題ないことを指す。
また、企業が相殺して決済する意思を有することとは、実際に金銭債務の決済時に、金銭債権と相殺して純額決済する意思を有することを指す。
ただし、デリバティブ取引の時価評価による金融資産と金融負債については、債権・債務として確定しておらず、相手先の債務不履行等がない限り相殺して決済する意思がない場合であっても、法的に有効なマスターネッティング契約を有する場合には、その適用範囲で相殺可能とした。これは、信用リスク軽減のためのマスターネッティング契約の効力を、財務会計上も考慮するためである。現状では、例えば、ISDA(国際スワップデリバティブ協会)のマスターネッティング契約が該当すると考えられる。
上場デリバティブ取引の時価評価による金融資産と金融負債については、同種のデリバティブにつき取引所単位での相殺表示ができると考えられる。

引用元: 日本公認会計士協会HP

日本基準の相殺表示は米国基準に類似

以上のように140項では、金融資産と金融負債はBS上総額表示を原則とするものの、以下の3つの要件をすべて満たす場合には相殺表示ができるとしています。

  1. 同一の相手先に対する金銭債権と金銭債務であること。
  2. 相殺が法的に有効で、企業が相殺する能力を有すること。
  3. 企業が相殺して決済する意思を有すること。ただし、同一相手先とのデリバティブ取引の時価評価による金融資産と金融負債については、法的に有効なマスターネッティング契約を有する場合には、その適用範囲で相殺可能とする。

これは米国基準のFIN39に相当する記載であり、一般的な金融資産・金融負債の相殺要件を示す一方、相殺の意図についてデリバティブに関する特例を設けています。

つまり、マスター・ネッティング契約に基づいていれば、相殺の意図を示す必要がないとする米国FIN39と同様の考え方になります。

日本基準と米国基準の違い

日本基準と米国基準の相殺表示の規定は類似しているものの、レポとリバース・レポの相殺表示については相違しています。

米国基準では、FIN41においてレポとリバース・レポの相殺表示の規定がなされていますが、日本基準にはそのような特段の規定はありません

そのため、レポはグロス決済される確定債務であるため、FIN41のように総額決済でも純額決済と機能的に同一に見る規定がないと、相殺の意図の要件を満たすことは困難であり、相殺表示の3要件を満たさないため、相殺表示は認められません。

レポ取引であっても「金融商品会計に関する実務指針」140項を満たせば、日本基準においても相殺可能とみる立場もありますが、その場合でもレポ取引はグロス決済のため、相殺する意図があるとは言えないことから、相殺表示は不可能と考えられます。

同様に米国基準ではFIN39-1で規定しているデリバティブと関連する担保の相殺表示の規定が日本基準にはありません

むしろ、我が国の会計基準では、自己取引の担保として現金を拠出した場合には、グロス計上することが一般的に求められており、現金担保返還請求権(返還義務)とデリバティブ負債(資産)の相殺表示は認められていないと解されています。

上場デリバティブに関する相殺表示

312項では、上場デリバティブに関するデリバティブ資産・デリバティブ負債については、「同種のデリバティブ」につき「取引所単位」での相殺表示が可能と規定されています。

その観点から、商品をまたいだ異種のデリバティブを相殺表示するクロス・プロダクト・ネッティングはできません。

また、「取引所単位」での相殺表示であるため、「同種のデリバティブ」、例えば同じ日経225先物オプションであっても、OSE(大阪取引所)に上場する日経225先物オプションで認識した資産と、CME(シカゴ・マーカンタイル取引所)に上場する日経225先物オプションで認識した負債を相殺表示することはできないことになります。

日本証券業協会の統一経理基準

日本証券業協会の「有価証券関連業経理の統一に関する規則(以下「統一経理基準」)には、下記の規定があります。

約定見返勘定(資産):貸方の金額と相殺して計上することができる。
※約定見返勘定とは、トレーディング商品に係る未収入金に相当するものです。また約定見返勘定(負債)が貸方にあり、未払金に相当します。

これは、グロスで認識された約定見返勘定資産・負債を財務諸表上、片方に寄せることができることを示しており、米国基準と同様、特に要件の検討なしに単純な純額表示が可能となっています。

その意味では、相殺というよりも単に表示の問題として取り扱われているといえます。

支払差金勘定:発行日取引及び先物取引など目的ごとに、貸方の金額と相殺して計上する。
※先物取引等において、評価損益に相当する金銭を決済日までの間、計上する勘定科目

先物取引差入証拠金:顧客から受け入れた証拠金で金融商品取引所または金融商品取引清算機関へ直接預託した額を除く。

明示的には述べられていませんが、この趣旨からして、先物取引以外のデリバティブ取引について顧客が直接預託の形式で差し入れた証拠金については、オフバランスとすべきです。

直接預託とは、委託者(取次委託者)が清算参加者(商品先物取引業者)へ差し入れた取引証拠金を、当該清算参加者が委託者の代理人として、清算機関(ここではJCCH)へ取引証拠金として預託することをいいます。
一方、差入預託とは、清算参加者(商品先物取引業者)が委託者等(取次者又は取次委託者を含む。)から預託を受けた委託証拠金について、その金額以上の額を、現金又は有価証券で清算機関に取引証拠金として預託(LGによる預託猶予を含む。)することをいいます。
引用元: JCCH

なお、自己ポジションに帰属する差金については、当該差金の授受をもって先物取引の実現損益として処理することが許容されています。

2.IFRS

IFRSでは、原則として日本基準と同じく総額主義の立場をとっています。

資産と負債、収益と費用は、IFRSが義務づける場合、または容認されている場合を除き、原則として相殺してはならない(IAS1.32)。

IFRSでは資産・負債の相殺表示について、①金融資産・金融負債②それ以外で考え方が異なっています。

①金融資産・負債については、要件を満たす場合に相殺表示を認める規定がIAS32に規定されています。

IAS32の相殺表示の要件

IAS32は、相殺表示を行うための原則として次の2つの要件を両方満たす場合、金融資産と金融負債を相殺した純額をBSに表示しなければならないとしています。

1.認識している金額を相殺する法的に強制可能な相殺の権利を現在有している。
2.純額で決済するか、または資産の実現と負債の決済を同時に実行する意図を有している

つまり、金融資産と金融負債は、法的に強制力のある相殺権を企業が有しており、かつ、純額で決済する意図または「資産の実現と債務の決済を同時に実行する」意図(同時決済の意図)を企業が有している場合にのみ、相殺純額表示が義務図けられます。

②それ以外については、特別な規定がないため、原則として相殺してはなりません。

IFRSの相殺規定の特徴

IFRSの相殺表示の規定が日本基準や米国基準と大きく異なるところは、日本基準や米国基準は「相殺要件を満たした場合に相殺することが認められる」という立場ですが、IFRSでは「相殺要件を満たした場合に相殺することが強制される」という点が異なります。

IFRSのネッティングについては、以下の記事で詳細に解説しておりますので、併せてご覧ください。

IFRSにおける金融資産と金融負債の相殺表示

3.米国基準

米国における資産負債の相殺表示に関する会計基準としては、まず、1966年12月に公表されている会計原則審議会(APB)意見書第10号「各種の意見」(以下、「APB10」)があり、この解釈指針として財務会計審議会解釈指針(FIN)第39号「特定の契約に関する金額の相殺」(以下、「FIN39」)が1992年3月に公表されています。

また、レポ取引の相殺の規定としてFIN 第41号が存在しています。

FASB Interpretation No.41
“Offsetting of Amounts Related to Certain Repurchase and Reverse Repurchase Agreements – an interpretation of APB Opinion No.10 and a modification of FASB Interpretaion No.39”

さらに、FIN39の解釈指針として、デリバティブ資産(負債)と現金担保返還請求義務(返還請求権)の相殺表示を認めるFSP FIN39-1が存在します。

一般原則

APB意見書第10号のパラグラフ7では、相殺の権利(right of setoff)が存在する場合を除き、貸借対照表上、資産と負債の相殺表示は適当でないとしています。

ここで相殺の権利とは、債務者が他方当事者に対して負っている債務の全部または一部を、他方当事者が債務者に対して負っている債務額だけ消滅させることができる、契約等に基づく債務者の法律上の権利であるとし、以下のすべての要件が満たされた場合にのみ相殺の権利が存在するとされています(FIN 第39号パラグラフ5)。

1.二当事者の双方が他方に対して確定できる金額の債務を負っていること
2.報告当事者が自己の債務額と他方当事者の債務額とを相殺できる権利を有していること
3.報告当事者が相殺の意図を有していること
4.相殺の権利は法律上強行できるものであること

ただし、このような相殺の権利が存在する場合に、相殺表示が強制されるということではなく許容されるとされています(パラグラフ5)。

FIN39公表のきっかけとなったのは、APB10の一般規定がデリバティブに適用されるかどうか、相殺表示されるのはどのような場合かという問合せでした。

そこでデリバティブ取引に対する適用をFIN39-10で規定することにしました。

デリバティブ取引に対する適用(FIN第39号パラグラフ10)

上記の要件を満たさない限り、損失の生じている契約の公正価値と利益の生じている契約の公正価値も相殺表示してはならず、また相殺の権利が存在しない限り、発生した未収収益と未払費用とを相殺表示してはならないとされています(パラグラフ8)。

しかしながら、上記③の条件(報告当事者が狭義の相殺の意図を有していること)にかかわらず、マスター・ネッティング・アグリーメントのもとに同一の相手方との間における先物、金利スワップ、通貨スワップ、オプションその他の条件付あるいは交換契約に関して認識された公正価値は例外的に相殺表示できるとしています。

ただし、報告当事者は相殺表示するか否かについて、その方針を継続的に適用しなければなりません。

引用元: 日本銀行金融研究所

またFIN41を公表し、条件付契約ではなく、確定債権債務を生じるレポ、リバース・レポ取引について総額表示でありながらも実態は純額決済と機能的に同等である場合に相殺表示を認めています。

レポ取引から生じた債権債務は、FIN 第41号により、マスター・ネッティング・アグリーメントのもとで同一の相手方との間において生じ、同一日に同一口座による決済が定められているなど一定の条件を満たす場合には、相殺することができるとされています。

米国基準のネッティングについては、以下の記事で詳細に解説しておりますので、併せてご覧ください。

米国基準における金融資産と金融負債の相殺表示

4.法律上の相殺の考え方

会計上の相殺表示は、法律上の相殺の考え方に大きく影響を受けています。

一般に、金融分野においてネッティング(netting)と呼ばれているのは、通常は契約上の取り決めを言いますが、その法的な性質が何なのかは必ずしも明確ではなく、日本法の下ではネッティングの法的性質としてはいくつかの可能性があるとされています。

相殺、更改、契約解除などです。

更改(Novation)
当事者が債務の要素を変更することにより、もとの債務を消滅させ、新たな債務を成立させる契約を言います。
デリバティブ取引では、清算集中する流れがありますので、CCPに契約をNovationすることがよくあります。

民法第505条第1項は「2人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、このかぎりでない。」としています。

つまり、ここでの相殺の要件は以下の通りです。

1.2人が互いに債務を負担しあっていること
2.両債務が同種であること
3.両債務が弁済期にあること、つまり期限の利益が残っておらず、すでに満期を過ぎていること
4.両債務が性質上、相殺を許さないものでないこと

ネッティングの種類

ネッティングの種類には、単一の相手との債権債務を相殺するバイラテラル・ネッティング複数の相手との債権債務を相殺するマルチラテラル・ネッティングに分ける考え方もありますが、債務の履行期の観点からは以下の分類があります。

内容
ペイメント・ネッティング 同日に履行期が到来する複数の債権債務を、履行期日に差引計算し決済
平時に有効
・A⇒Bの債権100(履行日は12月31日)
・B⇒Aの債権80(履行日は12月31日)
・履行日(12月31日)が来たら、差引計算してBが20だけ支払う約束
ネッティング・バイ・ノベーション 同日に履行期が到来する複数の債権債務履行期日より前日に、通常は新たな債務が生じた時点で差引計算し、債権債務額の圧縮を行い決済
平時に有効
・10月1日にA⇒Bの債権100発生(履行日は12月31日)
・10月15日にB⇒Aの債権80発生(履行日は12月31日)
・10月15日に新たな債権が発生した時点で差引計算し、A⇒Bの債権20に圧縮する約束
クローズアウト・ネッティング 履行期が異なる債券債務について、当事者間であらかじめ定めた範囲の者について、当事者の一方に何らかの信用状態悪化事由が生じた場合には、その時点でそれらの債権債務をすべて清算して1つの債務にするという取り決め(一括清算) 履行期がいつであるかに関わらず、対象となるすべての債権債務について、履行期が到来する前に契約当事者の一方に信用状態悪化事由などあらかじめ定めた一定の事由が発生した場合には、対象債権債務を一括清算する約束

クローズアウト・ネッティング(一括清算条項)は、履行期の異なるすべての債務に適用されるため、他の2種類よりもリスクの削減効果は大きいですが、有事のみに発動される取り決めであるため、法的な有効性が特に問題となります。

IFRSでの金融資産と金融負債の相殺には、法的に強制力のある相殺権が、有事のみならず、平時(通常の事業の過程)にも存在することが求められるため、実務上はクローズアウト・ネッティングに加え、ペイメント・ネッティングもしくはネッティング・バイ・ノベーションの法的有効性の証明が必要となります。

参考図書