1.FIN39「特定の契約に関する金額の相殺」について

1-1.FIN39の概要

現在の米国基準では、相殺に関する規定はASC210-20「貸借対照表ー相殺」およびASC815-10-45「デリバティブおよびヘッジー概要ーその他の表示」に規定されています。

1992年に公表されたFIN39は、会計原則審議会(APB)意見書第10号「各種の意見」の解釈指針であり、B/S項目の一般的な相殺表示の要件を示しています。

APB10は、相殺権(right of set off)が存在する場合を除き、B/S上、資産と負債の相殺表示は適当でないとしています(APB10.7参照)。

FIN39は、相殺権について議論し、要件を満たす有効な相殺権を持つ債務者は債権債務を純額で報告することを容認しています。

FIN39はB/S上の資産・負債に関する一般的な相殺表示の要件を示していますが、特にデリバティブに関する相殺表示については、ASC210-20の一般要件と、条件付きの相殺権(相手の債務不履行を停止条件とする一括清算条項(マスター・ネッティング契約に含まれる))を満たし、会計方針として継続して適用(ASC815-10-45-6)すれば、デリバティブ資産・負債の相殺表示が可能(FIN39.10)になるとした点が特徴となっています。

1-2.FIN39の適用範囲

FIN39はB/S上の資産・負債に適用されます。

ただし、デリバティブと関連現金担保返還義務(返還請求権)の相殺表示およびレポとリバース・レポの相殺表示については確定債務であるためFIN39ではカバーされず、FIN39-1およびFIN41でカバーされる作りになっています。

この記事ではまず相殺の基本規定であるFIN39を解説し、そのあとで例外処理であるFIN39-1(デリバティブと関連現金担保返還義務(返還請求権)の相殺表示)およびFIN41(レポとリバース・レポの相殺表示)を解説します。

なお、資産・負債の認識中止・非認識は相殺表示ではないので、FIN39(ASC210-20)の適用範囲外になります。

どの会計基準でも同様ですが、認識中止の会計処理からは損益が発生し、相殺表示からは損益は生じません。

1-3.FIN39の資産・負債の相殺表示の要件

相殺権が存在すれば相殺表示が可能になりますが、FIN39ではその相殺権を、「債務者が有する契約その他に基づく法的権利であって、自社が有する特定の相手先に有する債権をもって、自社の当該相手先への債務のすべてか一部を免責するものを指す」と定義しています。

この権利は以下の4つの要件がすべて満たされる場合に存在します。

  1. 取引主体の双方が負う債務額が特定可能
    (契約上明示された自社と取引相手という2者間の相互債務の存在、金額または計算方法と満期が契約書に記載されている)
  2. 自社は他者への債務を当該他者への債権と相殺する権利を持つ。
  3. 自社は相殺の意図あり。
  4. 相殺権は法的に強制される。

意図の要件に関する留意事項

FIN39における相殺の意図とは、IFRSにおける純額決済の意図、日本基準における相殺して決済する意図と同じであると解されます。

報告主体の経営者が相殺の意図を認めること、該当する場合には同様の状況下において相殺権が行使されていることを示すことによって、意図の要件は満たされます。

経営者の意図があったとしても、過去に同様の状況があった際に相殺権が行使されていない場合には、意図の要件を満たすことは難しくなります。

ところが、デリバティブは例外として、マスター・ネッティング契約に基づいていれば相殺の意図があるものと自動的に認定されます。

これは純額表示がマスター・ネッティング契約のもとでの信用リスク額を表現するためです(FIN39.21)。

信用リスク額を適切に開示するという観点からは、一括清算条項を含むマスター・ネッティング契約下では総額表示より純額表示のほうが投資家にとって有用な情報となるため、純額表示が容認されています。

マスター・ネッティング契約とは

報告会社が複数のデリバティブ契約、または異なる種類の複数の契約を、単一の取引先に有しており、当該取引先が、「契約の1つでもデフォルトしたり終了したりする場合に、他にすべての契約を含めて一時に、単一の通貨に基づく単一の支払いで純額決済する」(一括清算条項という)という契約に従う場合に存在します。

FIN39ではマスター・ネッティング契約についてはクロス・プロダクト・マスター・ネッティング契約の存在を念頭に、同じタイプの資産負債のみならず、異なるタイプの資産負債についても、マスター・ネッティング契約の対象になるとしました(ASC815-10-45-5)。

デリバティブ取引におけるマスター・ネッティング契約とは、具体的には、International Swaps and Derivatives Association(以下、「ISDA」)マスター契約を指します。

ISDAマスター契約はペイメント・ネッティング、クローズアウト・ネッティング(一括清算)の条項を含み、一括清算条項の有効性については、ISDAが各国においてリーガル・オピニオンを入手した限りにおいて法的に担保されています。

以下に、ISDAが公表しているLegal Opinionsの取得状況のリンク先を載せておきます。
引用元: ISDA OPINIONS LIBRARY

容認処理である理由

マスター・ネッティング契約に従うデリバティブ資産とデリバティブ負債を相殺表示するかどうかについて、米国基準では、報告会社に選択権がありますが、いったん選択すると継続して適用しなければなりません。

報告会社に選択権を認める容認処理とした理由として、FASBは要求事項とするとシステムがない会社が各アレンジメント下の契約を個別に認識するのにコストがかかるという懸念があったためと説明しています(FIN30.24)。

IFRSでは、米国基準と異なり、マスター・ネッティング契約があるからといって相殺表示が認められるわけではありませんが、IFRSの相殺表示の要件を満たした場合には、相殺表示が強制されることになります。

IFRSにおける金融資産と金融負債の相殺表示

なぜ公正価値で計上されていない金融資産は取り扱いが異なるのか

米国基準の一般原則として、相殺権がないなら、資産と負債の相殺表示は不適切とされています。

これは、将来の事象に決済額が影響を受けない無条件の確定債権債務を前提とした考え方になります。

この一般原則は、デリバティブなどの将来事象によって決済額が変動する未確定債権債務にも適用されます(FIN39.15、ASC210-20-5-2)。

ここで注意すべき点としては、複数のスワップが同じ相手と同じマスター・ネッティング契約下で行われていたとしても、当該金利スワップに関して、デリバティブ勘定とは独立した勘定で計上された未収利息・未払利息は、相殺権が存在しない限り相殺表示ができません(FIN39.8、ASC815-10-45-4)。

その場合においては、未収利息残高と未払利息残高を相殺表示するには、マスター・ネッティング契約による相殺の意図の自動推定は効かず、本則に従い、相殺の意図の要件(ASC815-10-45-1)を満たす必要があります。

FASBはこのような公正価値で計上されていない項目については、総額の確定債権債務(将来の条件変動がない)は、将来のキャッシュ・フローの時期、金額について有用な情報を提供すると考えており、これらの確定債権債務までも相殺表示してしまうと当該情報の有用性が失われてしまうと考えています。

ただし、レポとリバース・レポは確定債権債務ではあるものの、FIN41によって例外的に相殺表示が認められています

2.FIN39-1「デリバティブと関連現金担保権利義務の相殺表示」について

2-1.FIN39-1の概要

FASBは2007年に公表されたFIN39-1(ASC915-10-45)により、次の要件を満たす際に、デリバティブに関連する現金担保返還請求権または現金担保返還義務として公正価値で認識された金額と、デリバティブ商品として公正価値で認識された金額の相殺表示を求めております(次の両方を満たすとデリバティブと関連現金担保の相殺が必須)。

  1. 会計方針の選択として、ASC815-10-45-6に従い、デリバティブ資産とデリバティブ負債を相殺表示する会計処理を採用
  2. ASC210-20-45-1(FIN39.5)の4要件及び、ASC815-10-45-5のマスター・ネッティング契約の要件を満たすこと。

つまり、相殺の意図の有無に関係なく、報告企業は、同じ相手に対し、同じマスター・ネッティング契約書に従って行われた、

  • デリバティブの公正価値残高
  • 公正価値で認識された現金担保返還請求権(債権)/現金担保返還義務(債務)

を相殺表示する(ASC815-10-45-5)。

このようにネッティング表示するのは、デリバティブ取引全体の信用リスクを適切に表現すると考えられたためです。

2-2.FIN39-1の適用範囲

FASBは担保に関する当該処理の対象を「公正価値で認識された」現金担保返還請求権と現金担保返還義務に限定することとしています。

一般に、現金担保が公正価値で計上されているかどうかは、日次か週次のマージン・コールや、最低週次の金利リセットが行われるかで判断します。

一方、有価証券担保は相殺することができません

受入担保はASC860に従いオフ・バランスとなっていますし、差入担保はもとよりオン・バランスとなっているためです。

3.FIN41「レポとリバース・レポの相殺表示」について

3-1.FIN41の概要

FASBは、1993年のFIN39の導入に関するAICPAと証券業界との議論の後、同じマスター・ネッティング契約下のレポ取引から生ずる負債、リバース・レポ取引から生ずる資産で同じ決済日かつ同じ相手方に対するものでFEDWIREシステムに基づき決済されるものの相殺表示を認めるよう要請を受け、その結果、FIN39の解釈指針として、1994年12月にFIN41が公表されました。

FIN41は、レポ負債とリバース・レポ資産について、主に日中ファイナンス(主として当座貸越)の存在と一括清算条項の存在を理由に、それらが確定債権債務であるにもかかわらず例外的に相殺表示を認めています。

FIN39の要件に加え、FIN41.3(ASC210-20-45-11)に記載の要件を満たせば、会計方針の選択(ASC210-20-45-12)によりレポ負債とリバース・レポ資産を相殺表示できます。

なお、この会計方針には継続性が必要となります。

3-2.FIN41の適用範囲

FIN41(ASC210-10-45-11)の規定は、レポおよびリバース・レポ取引を対象としていますが、FIN41はレポとリバース・レポと実質的に同様の経済的実態を有する証券貸借取引にも準用できると考えられます。

それはASC210-10-50-1cは相殺規定に従って相殺表示されたデリバティブ、レポとリバース・レポおよび「証券貸借取引」に関する開示を求めていることが理由です。

ただし、FIN41の相殺表示要件として「同一の決済日が明示されていること」が求められていますが、証券貸借取引は一般にオープン・エンドであるため、相殺は認められない場合が多いです。

3-3.相殺表示の要件

FASBは本来、レポとリバース・レポについて、B/S上認識された無条件の確定債権債務の総額情報は、将来キャッシュ・フローのタイミングおよび金額について有用な情報を提供するところ、相殺表示によってその価値が失われてしまうとしています。

そのため、FIN41のように純額表示を行うのは例外的な取り扱いとなるため、FIN39の要件に加えてFIN41の要件を定め、どちらも満たす場合に限定してレポとリバース・レポの相殺表示を認めることとしています。

FIN41のレポの相殺表示要件(ASC210-20-45-11~17)
  • 同じ取引相手とレポ、リバース・レポを実施
  • 契約時点からレポ契約書に明示的決済日を記載(※1
  • レポ取引とリバース・レポ取引はマスター・ネッティング契約に基づく
  • 証券決済についてはブックエントリー※2)で行われる。つまり、有価証券はペーパーレス化されており、証券に係る権利はカストディアンかシステム・オペレータが帳簿上でのみ動かすことができる。
  • 決済システムの要件を満たす
  • 決済日には、決済銀行その他の銀行の同一口座で、現金流入、現金流出の両方が処理される
※1:例えば、相対レポの当事者の片方が一方的に契約をキャンセルできる場合、決済日は明示的ではなくなり、ネッティングは認められない。この点でオープン・エンドのレポ取引は当事者の片方が一方的に契約をキャンセルできるため、相殺表示の要件を満たさないことになります。
※2:ブックエントリーとは、Book-entry System(振替決済制度)のことであり、有価証券を保管機関等に寄託し、権利の移転を証券の受渡に代えて保管機関が備える口座簿上の書換(口座振替)により行う制度をいいます。

日中の当座貸越/信用供与

日中のオーバードラフト(当座貸越)や他の要件に合致する場合に限り、レポとリバース・レポで同一日に決済されるものについて、実際はグロスで決済されるものの、会計上はネット決済と機能的に同一とみなしてよいとされています。

それは、グロス金額の同日移転を求める決済であっても、日中のオーバードラフトが提供されれば、営業時間終了時に純額を用意しておけば足りるので、実際はグロスの経済的効果はないと考えられるためです(FIN41.9)。

振替決済制度

レポとリバース・レポの相殺表示に関連して、日中の信用供与に加え、もう一つの重要要件は、証券電子化されていて、証券口座にブックエントリーの形式で証券が存在するということであす。

なぜブックエントリーが重要かというと、証券決済制度によって証券がコントロール可能となるからです。

また、ブックエントリーの仕組みにより、DVPが可能になることも理由として挙げられます。

参考図書